平穏を乱すのはいつもアイツ

「――さて皆様、名残惜しいけれども、終わりの時間が近付いてまいりました!」
 ペティがそう言うと、観客から「えー」と惜しむ声が上がる。毎度お馴染みのやりとりだ。
「ごめんねー、また来週やるから見に来てね」
 ツギハギのメイクフェイスに残念そうな色を滲ませてペティは更に言った。これも毎度お馴染み。隣でパピィがガッカリ肩を落として両手を軽く広げるパントマイムも、もちろんお馴染みだ。
 ペティとパピィのパフォーマーコンビがパフォーマンスを披露するのは、そう、もはやお馴染みの光景だった。そして観客はいつでも集まる。常連さんに一見さん、老若男女問わず。お馴染みのパフォーマーズだけれども、そこはプロ、ヒトを楽しませ続ける技は見事なのだ。
 ――たとえば、“こんな”風に。
 ペティは心でダンスを始めたワクワク気分を賢明に抑えて観客を見回した。
「でも、今日お集まり戴いた皆様は超ラッキー!最後に特別に準備した素敵なトリックを見せてあげるよ!」
 そう宣言したペティの横でパピィが人差指を高々と立ててポージング。
「じゃ、ちょーっと後ろの通りを見ててくれるかな?」
 言われて観客達が公園の外を振り返った。



 いつもはあまり見向きもしないのに、ある日突然ムショーに食べたくなるってことがままある。
 今のブロックがまさにそんな状態だった。今日彼の食欲を苛んでいるのはケーキだ。生クリームたっぷり、酸味が強めのイチゴが乗った、イチゴショート。男一人でケーキ屋かよと、そりゃぁ心底げんなりしたが、欲求は収まってくれそうにない。彼は仕方なく外出した。
 青々と茂る木々に周りを囲まれた公園の前を通り、一番美味しいと記憶しているケーキ屋へ向かう。ふと耳に入った騒がしさに目を向ければ、あの厄介なコンビがパフォーマンスを披露しているのが見えた。
「……」
 観客相手のパフォーマンスだ、そちらに集中しているだろうと思ったが、なんとなく嫌な予感がして若干足早になった。見つかる前に二人の視界の外に出るに越したことはない。
 ――が。

 パンッ!

「うおッ!?」
 突然頭上で何かが弾ける音と共に、頭に軽い衝撃を感じた。あまりに突然の不意打ちだったため、ブロックは思わずその場に尻餅をつく。
 途端に聞こえた笑い声。
「……」
 しかしブロックにはそれがやけに遠く聞こえた。半分思考が停止した状態で目の前を見ていると、色とりどりの紙吹雪が舞っている。
「イエ〜イ、だーい成ー功ー!」
 ペティの声だ。ぺティの声が聞こえた。間違いなくペティの声だ。
「……」
 ブロックはギギギと軋んだ音がしそうな鈍い動作で公園に首を巡らせた。途端にパサリと何かが落ちる。目を落とすと鮮やかなピンクが素晴らしい大輪のダリアを見つけた。どうやら頭に乗っていたのが動かした拍子に落ちたらしい。
「……」
 再び公園内に目を向ける。観客達の隙間から、ペティの輝かしい笑顔が見えた。



「てめええええええッ!!!」
「うわっひゃー! 逃げろー!」
 観客の周りをぐるぐる回って鬼ごっこ開始。回られているヒトビトは笑いながら見守る。中には逃げるペティ・パピィや追いかけるブロックをちょこちょこ妨害したりする者も。
 だがそれも間もなく終焉を迎えた。
「くおらッ!」
「うひゃ!」
 伸びに伸ばしたブロックの手が、やっとペティの襟首を掴んだ。
「あー、捕まっちゃったー」
 しょぼんとした顔でペティが呟く。お構いなくブロックはステージポジションに置いてあった黒い縦長の箱にペティを押し込み、扉を閉めた。そして落ちていた鎖でぐるぐる巻きにして南京錠をかける。
「いーやー! 開ーけーてー!」
「うっせー! しばらくそこで反省してろ!」
 言いながら箱を一蹴り。わひゃっと悲鳴が聞こえたが無視だ。
「……ん?」
 ふと気付くとパピィが短剣をブロックに差し出していた。反射的にそれを受け取り、そして改めて箱を観察する。
 箱のいたる所に縦穴が空いていた。そう、短剣を刺すにちょうどいい縦穴が。
 「いいぞー、やれー」と観客から声が上がった。それに反応してぺティが「え!? 何!? どゆこと!?」と騒ぐ。
 ブロックはパピィを見た。パピィは親指と人差し指で円を作った。「OK」のサインだ。
「よし、ペティ、覚悟しろよ」
「何が!?」
「喰らえ!」
 お構いなしに短剣を突き入れた。
「うひゃ!?」
「おら、次!」
「ひえッ!」
「うりゃ!」
「うわっひょーう!」
「おりゃ!」
「うひゃひゃひゃーい!」
 パピィから短剣をもらってブロックが刺し、ペティの変な悲鳴があがる……が幾度も繰り返される。
 そうして最後の一本に。
「ぶ、ブロック、もう限界、これ以上はマジでヤバイっす……」
 疲弊した声でペティが懇願してきた。
「体バラバラになれるヤツが何言ってやがる。さぁ、あと一本だぜ。お客もお待ちかねだ」
「いや、ホント、ゴメン、無理、ゴメン、ゴメンナサイ、ブロック、お願いだから」
「さぁ、行くぜ!」
 そう言ってブロックが最後の一本を突き入れた。
「ぐふッ」
 ビシュッ
「!」
 一番奇妙な悲鳴があがり、刃の隙間から赤い液体が噴出した。それがブロックの顔と服や体を汚す。
「……おーおー、ご大層な準備までしてやがって。はいはい、これでマジック終了ー。俺は帰るぞ」
 内心で一瞬怯んだのはおくびにも出さず、地面に落ちていたハンカチ――おそらくマジックで使っていた――で赤い液体を拭った。
「くっそ、これ洗濯で落ちるんだろうな?」
 ケーキ買いに出たのに、これじゃ着替えに戻らなければならないなとため息をつく。
「一応箱開けた方がいいんじゃないのー?」
 客の一人がブロックに声をかけた。観客もあの恐ろしい光景はブロックを驚かせるための演出だと思って疑っていない。
「そりゃ俺の役目じゃねーだろ。おい、パピィ、お前が開けろ」
「……」
 しかし、パピィは動かなかった。黙って箱を見つめている。
「パピィ?」
 再び声をかけた。
 ――やがて。
「! ッ!!」
 パピィはゆっくりと後ずさりを始めた。それはまるで、恐れわなないているように見える……
 え、まさか。
 ここで観客達も騒然となった。まさか、本当に?
「!」
 ブロックは弾かれたように箱に飛びついた。
「ぅおりゃッ!」
 鍵など探している暇はない。力ずくて鎖を引き千切る。血の気が引いた顔で勢いよく箱を開けた。
「!!」
 中には誰もいなかった。
「じゃーん!!」
 直後、観客の中から聞き慣れた声があがる。
 ペティだった。
「イーッツ、ファーンタースティーック! Yeah!!」
 ペティとパピィが同じポージングで格好を付ける。うおおおおおおッ!! と観客が沸いた。盛大な拍手と共にペティのイリュージョンを讃える。
「どーもありがとう! どーもありがとう!」
「……」
 歓声に笑顔で応えるペティを、ブロックは無表情でしばらく見ていた。



 が。
「あーれー!」
 もちろんそのまま黙っているわけもなく。ブロックはペティの頭を問答無用で引っ掴むと、遠くへ投げ飛ばした。
「あッ、ちょ、ちょっと、髪が枝に、痛ッ、ちょっと、ブロック、取ってー!」
 狙ったままに茂みに突っ込み、高い枝にもしゃもしゃヘアーが絡まって、ペティの頭はまるで木の実。
 今回ばかりはタネも仕掛けもない。自分ではどうすることもできない。首を失くしたペティも相棒のパピィも手が届かない。当然ブロックは完全無視。観客も笑っているだけで助ける気配は今のところない。
「はー……」
 なんだかとてつもなく疲れてブロックは深く息を吐いた。ホットドッグがムショーに食べたかった。よし、ちょっと遠いがあの路地の露店に行くとしよう。ケチャップとマスタードをたっぷりかけて、コーラをお供に腹ごしらえだ。ケーキ? もういいわ。欲求というのはそういうものだ。ブロックは首をコキコキと鳴らして公園を後にした。ペティの叫びはしばらく公園にこだましていたが、もはやブロックの耳には届かなかった。
 今日も平和である。



 END
20120511・お誕生日記念に。
おめでとうございました!



宮代義善様から頂きました!

宮代さんから小説を頂きましたーー!!
読みながらもう体を捻ったりもんどりうったりニヤけたり飛んだり跳ねたり!! 人様から自分の創作作品の小説を書いて貰う事なんて初めての事でして、もうエライコッチャです!テンションが!!!
ペティやパピィ、ブロックの性格がそのまま表現されているといいますか、”あぁ、すごく彼ららしいな!!”と思いました。 文章やセリフからイメージされる表情や、その場の雰囲気がもの凄く伝わってきて、完全に脳内で絵が浮かんできました。 最後まで読ませていただいて興奮のあまり一暴れしたのち、また最初から読み直すというのを先ほどから繰り返しております(笑) あぁ、本当に素敵な作品を頂いてしまった…!!!


宮代さん素敵な小説をありがとうございました〜。